日蓮正宗 信行山 法運寺

 法運寺は初代住職、阿部義雲御尊師 (法照阿闍梨義雲房日瑞大徳)の御尊父、阿部法胤御尊師(教行阿闍梨法胤房日生大徳)の発願により建立されました。

 横浜市緑区には昭和53年に建立された法因寺がありましたが、自称正信会問題の渦中で同寺住職が総本山に敵対し、その後も寺院を不法占拠するに至ったため、地元信徒が参詣できない状態が続きました。この事態を憂慮された阿部法胤御尊師は、正常な布教活動が一刻も早く再開されるよう切望され、同区内にもう一寺の建立を発願されました。
 法運寺の起工式は、昭和57年10月22日に、上棟式は12月11日に執り行われ、阿部法胤御尊師をはじめ多数の御僧侶と地元信徒が参詣しました。
 昭和58年5月19日、晴天のもと、総本山第67世日顕上人の大導師を賜り、信行山法運寺の落慶入仏法要が、厳粛かつ盛大に奉修されました。初代住職には、阿部法胤御尊師の御子息であられる阿部義雲御尊師が就任されました。
 日顕上人は落慶法要の砌に当寺の山号寺号について触れられ、日顕上人と阿部法胤御尊師の師匠である第60世日開上人の阿闍梨号である「信夫阿闍梨」の「信」と、阿部法胤御尊師の「教行阿闍梨」の「行」をとって「信行山」と命名し、寺号は日開上人の道号「法運」の御名をとって「法運寺」と名付け、真実の「法」を「運」ぶお寺として、この地方の広宣流布のために精進するよう御指南されています。
 爾来40年、法運寺は地域広布のために僧俗一致、異体同心して活動しています。